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東京地方裁判所 昭和41年(ワ)11929号 判決 1968年6月17日

原告 戸枝たつ

<ほか五名>

右六名訴訟代理人弁護士 清水繁一

小宮正己

被告 磯貝多一郎

<ほか一名>

右両名訴訟代理人弁護士 杉村進

安藤嘉繁

主文

被告磯貝多一郎は原告らに対し、別紙第二物件目録記載(一)、(二)の建物及び(三)のブロック塀を収去して、その敷地である別紙第一物件目録記載の土地を明渡せ。

被告ヤマト産業株式会社は原告らに対し、別紙第二物件目録記載(一)、(二)の建物から退去して、別紙第一物件目録記載の土地を明渡せ。

原告らのその余の請求を棄却する。

訴訟費用は被告らの負担とする。

事実

第一、当事者双方の申立

原告ら訴訟代理人は「被告磯貝多一郎は原告らに対し別紙第二物件目録記載(一)(二)の建物及び(三)のブロック塀を収去してその敷地である別紙第一物件目録記載土地を明渡せ。被告ヤマト産業株式会社は原告等に対し別紙第二物件目録記載(一)(二)の建物から退去してその敷地である別紙第一物件目録記載土地を明渡せ。被告両名は各自原告らに対し、被告磯貝多一郎は昭和三九年四月一日以降、被告ヤマト産業株式会社は昭和四一年一二月一二日以降いずれも右土地明渡ずみまで一ヶ月金八〇〇円の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を求め、

被告ら訴訟代理人は「原告らの請求はいずれも棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決を求めた。

第二、当事者双方の事実の陳述

原告ら訴訟代理人は、請求の原因として、

一、原告らは東京都北区田端町六三七番の一宅地四八三坪を共有している。

二、右土地は訴外北区田端復興土地区画整理組合(以下訴外組合という。)の区画整理施行地区に含まれていたところ、同組合が昭和三七年二月一六日付で原告らに対し右土地の仮換地の一部として、別紙第一物件目録記載(一)(二)の土地(以下本件土地という。)を指定する旨および右仮換地指定の効力は昭和三七年三月二〇日発生する旨の通知をした。

よって原告らは右同日以後仮換地である本件土地について使用収益する権利を取得した。

三、被告磯貝は何らの権原なくして昭和三九年四月一日以降本件土地上に別紙第二物件目録記載(一)、(二)の建物(以下本件建物という。)及び(三)のブロック塀(以下本件ブロック塀という。)を建設所有して右土地を占有しており、被告ヤマト産業株式会社(以下ヤマト産業という。)は遅くとも昭和四一年一二月一二日以降本件建物に入居し、本件土地を占有している。

従って、原告らは被告磯貝に対しては本件建物及びブロック塀を収去して、被告ヤマト産業に対しては本件建物から退去して各本件土地の明渡を求めるとともに、被告両名に対し各自、被告磯貝については本件土地の占有を始めた日の後である昭和三九年四月一日以降、被告ヤマト産業については本件土地の占有を始めた日の後である昭和四一年一二月一二日以降、いずれも本件土地明渡ずみまで一ヶ月金八〇〇円の割合による賃料相当額の損害金の支払を求める。

と述べた。

被告ら訴訟代理人は請求の原因に対する答弁として、

請求の原因一の事実は認める。

同二の事実は不知。

同三の事実のうち、被告磯貝が昭和三九年四月一日以降本件土地上に本件建物及びブロック塀(但し塀の長さは争う。)を建設所有して右土地を占有していること、被告ヤマト産業が昭和四一年一二月一二日以降右建物に入居して本件土地を占有していること、本件土地の賃料相当額が一月八〇〇円であることは認める。

と述べ更に次のとおり主張した。

一、(イ)原告らが仮換地指定によって本件土地に対して取得した権利は、私法上の権利ではなく、公法上の権利である。即ち、土地区画整理法第九九条第一項に基く仮換地の指定に伴い、所有者は従前の土地について使用収益が停止されるとともに、仮換地について同法によって公法上の使用収益権が認められるものであり、右使用収益の性質は同法によって認められた公法上の権利である。そして、同法は仮換地上に存する建築物の移転又は除去の手続、方法について詳細な規定を設け、移転、除去の権能を区画整理事業の施行者にのみ認めている。従って原告らは訴外組合に対して被告ら所有の本件建物等の移転又は除去の手続を求めるべきであって、被告らに対して右建物の収去土地明渡を請求しえない。

(ロ) 原告らはその所有にかかる北区田端町六三七番の一の土地(従前の土地)四八三坪について仮換地指定を受けた時、同土地を訴外飯田美郎、同関根茂、同皆川辰三、同長山久喜、同八杉繁に賃貸しており、右訴外人らは各自建物を所有し、土地を占有しており、右の状況は現在も変っていない。従って、右土地の使用権能は右訴外人らに属し、原告は所有権を有しながらも地代徴収権能という収益権能を有していたにすぎないから、仮換地の指定によって原告らが本件土地に取得した権能も収益権能のみであり、原告らは本件土地について使用権能を有しない。よって原告らの請求は失当であって棄却さるべきである。

二、被告磯貝は北区田端町五六番の一六宅地七二坪三合(本件土地を含む)を所有していたところ、訴外組合から昭和三六年一月三〇日付をもって右土地に対する仮換地の一部として従前の地番同町五六番一七及び同番一九、仮換地街廊番号三三C仮換地符号同町五六番一六△地積五五坪六合九勺について仮換地指定の通知があり、右仮換地指定の効力発生の日は昭和三六年二月二〇日と定められた。しかし、被告磯貝の仮換地は従前の土地に比して狭小なため、被告磯貝は他に約二〇坪の仮換地を受けうるのであるが、訴外組合との間に未だ残余の仮換地の話し合いは成立していない。即ち、区画整理事業の目的は換地処分を行うことであり、その前提として仮換地指定処分が行なわれるが、この処分を行うためにはまず施行地区全体の換地計画を立案実行しなければならないのにかかわらず、前記のごとく未だ換地計画の立案実行がなされていないのであるから、訴外組合のなした仮換地指定処分は無効である。

三、被告磯貝は前記五六番一六宅地七二坪三合上に自宅並びに工場を建設所有してビンボタンの製造販売を営んでいたところ前記の土地に仮換地指定を受けた。しかし、右仮換地五五坪六合九勺のみでは被告の住居及び工場を建設し前記業務を営むことは困難である。このように被告の主観的使用価値を無視し、従前の地積よりも著るしく減少した地積の仮換地を指定した組合の仮換地指定は違法であり、無効である。従って被告磯貝は従前の所有地(本件土地を含む)について使用収益権を失っていない。

四、被告磯貝は前記のごとく仮換地指定を受けた後訴外組合から昭和三六年三月一四日本件土地上の建物の移転除去の通知照会を受け、移転除去期限を同年六月一三日と定められた。本件土地は訴外組合の行う区画整理の第三工区に属するが、右工区では区画整理に対する住民の反対が強く同組合では仮換地指定、移転除去の通知後今日に至るまで区画整理について何らの手続をもとらずに放置している。しかも組合は住民が地上に建物を建築することを次々と許可したため、現在では区画整理事業を実行することが不可能となっている。このように訴外組合による区画整理手続の長期にわたる放置と第三工区の区域の客観的状態の変化によって、前記仮換地指定、移転除去の通知がなされた昭和三六年頃とは事情が全く変更しているから仮換地指定建物移転除去の通知の効力は失われている。

五、被告磯貝は本件建物建築に際し、土地区画整理法第七六条に基き東京都知事から権限の委任を受けた同都北区長の許可を受けているが、右許可には区画整理事業施行の必要に基き被告磯貝が指定を受けた仮換地上に移転可能な状況になったら移転するとの条件が付せられている。ところが、本件土地付近の区画整理事業については未だ何時施行されるのかわからない状態にあるから、右建築許可の際の条件は未だ成就されておらず、原告らの請求は失当である。

六、(権利濫用の主張)被告磯貝は前記のごとく本件土地を含む北区田端町五六番一六の土地に対する仮換地として従前の地番同町五六番一七及び同番一九仮換地街廊番号三三C仮換地符号同町五六番一六△の土地について指定を受けているが、右五六番一九の土地の所有者訴外小林利は従前の地番同町五六番一七の土地の一部に、五六番一七の所有者訴外菅又かね、その賃借権者訴外安西富江は同町五六番一八の土地についてそれぞれ仮換地指定を受けた。しかるに、これらの土地の属する第三工区においては住民の区画整理に対する反対が激しかったため、区画整理事業は一向に進行せず、その間、右安西は昭和四〇年頃五六番一七の土地上に組合の許可を得て木造モルタル塗瓦葺二階建アパートを新築し、その他の土地所有者も次々と従前の土地上に建物を新築した。

被告磯貝は右のような状況で仮換地に移転しうる時期が明らかでないので、昭和三七年五月二一日付をもって東京都知事及び訴外組合の許可を得て本件土地を含む田端町五六地一六土地上に建物を建築し、更に昭和四一年四月四日付をもって右許可を得て増築工事を行い、本件建物を所有するに至った。そして右許可を受けるに際し、区画整理事業施行の必要に基き被告磯貝が指定を受けた仮換地に移転しうる状況になったら移転するという条件を付されているが、前記のごとく仮換地上には従前の土地所有者の建物があるため、未だ本件建物の移転は可能な状況にはないのである。

ところで被告磯貝は被告ヤマト産業の代表取締役であり、本件建物を住居及び工場として利用し、ビンボタンの製造販売業を営むものであるが、本件建物を収去することになれば、収去後の残存建物のみでは被告ヤマト産業の営業は全く成り立たず、被告磯貝及びその家族の生活にも重大な脅威となり、被告らは多大な損害を蒙る。これに反し、原告らは前記のごとく従前の土地である田端町六三七番一土地を仮換地指定当時から現在まで訴外飯田美郎外四名に賃貸し自らは使用していないのであるから、本件土地について自ら使用しなければならない切実な必要性もない。又、原告らの請求が認容された場合には磯貝は移転先を確保するために前記仮換地指定を受けた土地に建物を建築所有して占有する者に対し建物収去土地明渡請求訴訟を提起することにならざるをえず、訴の提起を受けた者は更に自己の仮換地の占有者(従前の所有者)に対して同様の訴を提起することが予想されるから、本件土地付近住民の間には順次訴訟が提起され、社会的に大混乱を生ずることが明らかである。このような事態に直面して監督者である東京都は訴外組合に対し土地区画整理法第九九条第二項に基き原告らに対する仮換地について使用収益開始日をあらためて通知するように行政指導しており、右組合でも区画整理事業の変更を計画している。

右に述べた事情を考慮すれば、原告らの本訴請求は被告らに対する信義に反し権利濫用であるというべきである。

原告ら訴訟代理人は被告らの主張に対し次のとおり述べた。

一、被告らの主張事実のうち、被告磯貝が北区田端町五六番一六土地七二坪三合を所有すること、原告らが従前の土地同町六三七番一宅地を被告ら主張の五名の者に賃貸していたことは認める。

二、(被告らの主張一(イ)に対して)仮換地指定の効力発生の段階では原告らは本件土地に対する所有権を未だ取得していないが、土地区画整理法第九九条第一項により本件土地に対し所有者と同内容の使用収益権を取得したから、原告はその権限に基き被告らに対して本訴請求をしているものである。

三、(被告らの主張三に対して)元来土地区画整理事業は土地について公共施設の整備改善及び宅地の利用の増進を図ることを目的とし、必然的に区域内の土地の形状の変更、分合、交換公共施設の整備変更を伴うものであるが、一定の地域内で道路敷を拡張すれば各所有土地が狭小になることは当然であり、各事業毎に一定の減歩率が定められ(本件組合においては二割五分)、その増減額については区画整理事業完了後清算する仕組みになっている。事業の性質上減歩、換地は一律になされるものであるから関係者の個人的事情に即応した換地などありえず、被告磯貝にのみ従来どおりの地積の換地を与えないことは当然である。しかも本件において被告の換地地積は組合の事業計画における平均減歩率を下廻る二割三分弱である。被告が不当な換地としてその処分の効力を争うのならばその無効の裁判を求めるべきであって、訴外組合が換地計画に基き総代会の同意を得て適式になした仮換地指定に対し、被告は当然無効を主張しえない。

四、(被告らの主張五に対して)土地区画整理法第七六条に基く許可があったとしても、被告磯貝と東京都乃至訴外組合との関係は別として、同法第九八条により仮換地の指定がその効力発生の日を定めて通知された以上、同法第九九条第二項による期日が定められていない限り、同条第一項の規定により発生した権利を左右するものではない。

五、(被告らの権利濫用の主張に対して)原告らは仮換地指定により従前の土地の使用収益を禁止され、本件土地を含む仮換地の使用収益が認められたのに、他の土地へ仮換地指定を受けたために本件土地の使用収益権を失った被告が建物を所有して土地を占有し、原告らの権利行使を妨害しているため本訴請求をなしているのであり、これを権利濫用とは云えない。被告らの云うごとく、本訴請求の認容により、次々に同種訴訟が提起される現象が生じたとしても、これは被告以后二、三にすぎないし、被告磯貝を含めこれらの者らはこのような事態になるのを予知し、覚悟のうえで建物を建築したのであるから、不利益を蒙ってもやむをえないものといわなければならない。

第三、証拠≪省略≫

理由

一、原告らが東京都北区田端町六三七番の一宅地四八三坪を共有していることは当事者間に争いがなく、≪証拠省略≫によれば、訴外組合が昭和三七年二月二六日付をもって原告らに対し、右土地に対する仮換地の一部として本件土地を指定する、右仮換地指定の効力発生の日は昭和三七年三月二〇日とする旨の通知をしたことが認められる。従って原告らは昭和三七年三月二〇日以降本件土地に対し従前の宅地に有していた所有権に基く使用収益と同一の内容の使用収益をなす権利を取得したものと解せられる。

二、被告磯貝が昭和三九年四月一日以降本件土地上に本件建物及びブロック塀(但し長さには争いあるも、鑑定人斉藤巻二の鑑定結果によれば、塀の長さは一四・三〇米と認められる。)を建設所有して本件土地を占有していること、被告ヤマト産業が少なくとも昭和四一年一二月一二日以降本件建物に入居して本件土地を占有していること、被告磯貝が田端町五六番の一六宅地七二坪三〇を所有しており、本件土地が右土地の一部であることは当事者間に争いがない。しかるところ、被告磯貝は原告らが本件土地について仮換地指定を受けたのであるから、その効力が発生した昭和三七年三月二〇日以降本件土地を使用収益する権利を喪失したものといわなければならない。そして原告らが本件土地に対して有する使用収益権は前述したごとく従前の宅地に対する所有権と同一の内容を有する権利であるから、原告らは権原なくして本件土地を占有する者に対しては所有権に基く物上請求権と同様の権利を行使しうるものと解すべきである。

従って被告らが本件土地を占有すべき権原を有しない以上、原告らの請求は理由があることとなるが、被告らは原告らの請求が失当である点を種々主張するから以下にこの点に関する判断を加えることとする。

三、(一)被告らの主張一(イ)について。

被告らは、原告らは訴外組合に対し本件建物の除去移転を求めるべきであり、仮換地に対する権利に基き被告らに対して本件建物の収去土地明渡を請求することは許されない、と主張する。

原告らが仮換地指定処分によって本件土地に取得した権利は、原告らが従前の宅地に有していた所有権と同一の内容の使用収益をする権利であり、従前の宅地に有していた所有権と同様の法律上の保護を与えるのが相当であるから、第三者の侵害があった場合にはこれを排除する効力、即ち所有権に基く物上請求権と同様の効力が与えられていると解すべきである。従って被告らに対し仮換地に対する権利に基き建物収去土地明渡を請求することは許されるものと解すべきである。訴外組合による本件土地の仮換地指定処分は公法上の行為といえようが、そのことは右行為の効果として付与される権利が私法上の効力を有すること、即ち、第三者に対して物上請求権と同様の効力を有することを何ら妨げるものではない。

土地区画整理法第七七条乃至第七九条は区画整理事業施行に伴う事業施行者の権利義務を定めた規定であり、この規定があるからといって、前記判断が左右されることはない。よってこの点に関する被告らの主張は理由がない。

(二)被告らの主張一(ロ)について。

被告らは、原告らが従前の宅地を訴外飯山美郎外四名を賃貸し、自ら使用せず地代を徴収しているにすぎないから、仮換地についても使用権を取得することはなく収益権を取得するにとどまり、被告らに対する本訴請求は失当である、と主張する。

原告らが従前の宅地(田端町六三七番の一宅地)を訴外飯田美郎外四名に賃貸していることは当事者間に争いがない。原告らは従前の宅地について所有者として使用収益する権能を有し、収益の方法として右訴外人らに宅地を賃貸していたものである。その結果として被告らの主張するように、仮りに原告らが本件土地に収益権のみを有すると解するとしても、右収益権は前記のごとく所有権の内容たる収益権と同一の内容を有するものであるから、右収益権の行使が妨げられる場合には所有権に基く物上請求権と同一内容の権利を行使することが許されると解せられる。従って、被告らの主張は理由がない。

四、被告らの主張二について。

被告らは、被告磯貝は従前の所有宅地に比し狭い仮換地の指定を受けたから他に仮換地を受けうるにかかわらず、訴外組合との間にはこの点についての話し合いが成立していないが、これは訴外組合が区画整理施行地区全体の換地計画を立案していないためであるから、右組合のなした仮換地指定処分は右計画を欠くために無効であるという。

被告磯貝が田端町五六番一六宅地七二坪三〇を所有することは当事者間に争いがない。≪証拠省略≫によれば、訴外組合は昭和三六年一月三〇日付をもって被告磯貝に対し右五六番の一六宅地全部に対する仮換地として仮換地符号五六番の一六△五五坪六九を指定する旨の通知をなしたことが認められる。右事実によれば、被告磯貝が従前の所有宅地に比べてその地積において一六坪余り減少した宅地を仮換地として指定されたことが認められるが、右指定が従前の宅地全体に対する仮換地として指定されている以上、被告磯貝が更に他の仮換地をうけうる筈はないのである。従って他に仮換地を受けうることを前提とし、その位置地積等が未だ定められていないが故に区画整理地区全体の換地計画が立案されていないとする被告らの主張はそれ自体理由がないものと云わなければならない。

五、被告らの主張三について。

被告らは本件土地が属する訴外組合の区画整理地区第三工区では、昭和三六年頃仮換地指定が行われてから長期に亘り事業が行われず、この間に事情が変更し事業を続行することが不可能となったから、訴外組合による仮換地指定、建物移転除去の通知の効力が失効したと主張する。

しかしながら、被告らの主張する事情が仮りに認定されたとしても、訴外組合がなした仮換地指定処分、建物移転除去の通知の効力が当然に失われるとの法理は採りえないから、被告らの主張は理由がない。

六、被告らの主張四について。

被告らは、訴外組合が被告磯貝に対してなした仮換地指定は被告磯貝が従前の土地に対して有する主観的使用価値を無視し、仮換地の地積も従前の宅地の地積に比し著るしく減少していた違法であり無効であるから、被告磯貝は従前の土地に対する使用収益権を失っていない、という。

被告らが本件土地を含む田端町五六番の一六宅地上に被告磯貝が所有する本件建物を住居及び工場として利用していることは被告磯貝多一郎本人尋問の結果により認められるし、被告磯貝が指定を受けた仮換地の地積が従前所有していた宅地の地積に比して一六坪余り狭小なことは前に認定したとおりである。土地区画整理事業においては、換地の地積が従前所有した土地の地積に比して減少することがあるのは右事業の性質上法が予想しているところと解せられ、被告磯貝について地積の減歩率が他の場合(≪証拠省略≫によって認められる原告らの地積の減歩率)に比べて著るしく大きいと認めるに足る証拠がないし、被告磯貝が仮換地上に建物を移転した場合に被告らが土地を利用するうえで従前に比べて若干不便になることは窺いうるが、これ丈の事情をもって被告磯貝に対する仮換地指定処分が違法にして無効であるとはいえない。

従って被告らの右の主張は理由がない。

七、被告らの主張五について。

被告らは本件建物建築に際し東京都知事から権限の委任を受けた同都北区長の許可を得ているが、右許可に附せられた被告磯貝が指定を受けた仮換地上に移転可能な状況になったら移転するとの条件は未だ成就していないから原告らの請求は失当であるという。

≪証拠省略≫によれば、被告磯貝は本件土地を含む田端町五六番の一六土地上に本件建物を建設するに際し東京都知事の許可を得ていることが認められる。ところで、土地区画整理法第七六条第一項において区画整理施行地区内における工作物等の建築等を知事の許可にかからしめたのは、事業の施行の障害となるおそれのある工作物等が建設されるのを事前に抑制する趣旨であるから知事は許可にあたり右工作物が事業施行の障害となるかどうかを審査するにとどまり、工作物の建設者がその敷地を占有する権原を有することは許可の要件ではないと解せられる。従って被告磯貝が本件建物建築に際し知事の許可を得たからといって、被告磯貝が本件土地を使用収益する権原を有するとは必ずしも云えない。

又知事の許可は前記のような趣旨のものであるから許可によって工作物の敷地を使用収益する権原が付与されるものでないことは当然である。従って被告らの主張は理由がない。

八、被告らの主張六(権利濫用の主張)について。

被告らは原告らの本訴請求は被告らに対する信義に反し権利濫用であると主張するので、以上にこの点について判断する。

被告磯貝が田端町五六番の一六宅地を所有していること、本件土地が右土地の一部であること、原告らがその所有の田端町六三七番の一宅地を訴外飯田美郎外四名に賃貸していることは当事者間に争いがない。≪証拠省略≫を総合すると、原告ら及び被告磯貝所有の前記各土地はいずれも訴外組合の区画整理施行地区の第三工区に所属しているところ、前に認定したとおり、原告ら及び被告磯貝の右各所有土地について仮換地指定がなされたこと、被告らは本件建物を工場及び住居として利用していること、訴外組合が土地区画整理法第七七条に基き昭和三六年三月一四日付をもって被告磯貝に対し五六番一六土地上にあるその所有建物を同年六月一三日までに移転除却することを求め、右の期限までに移転除去をしないときは、訴外組合において移転除却を直接施行する旨の通知をなしたが、第三工区においては住民の反対が激しかったため、区画整理事業は一向に進捗しないままに時日が経過し今日におよんでいること、被告磯貝は右のような状態で仮換地への移転の時期が予想しえないところから、昭和三七年五月以降昭和四一年五月までの間に五回に亘り所有地上に建物を建築したが(本件建物はその一部である。)、いずれも東京都知事の許可を得ており、訴外組合も右建築はやむをえない趣旨の意見を付していること、被告磯貝は右許可を得るにあたり、訴外組合に区画整理施行上必要な場合には建物を移転除却する旨の誓約書、念書を提出していること、被告磯貝が仮換地指定を受けた土地上には、右土地の賃借人訴外安西富江が昭和四〇年七月頃都知事の許可を得てアパートを建築して土地を占有しており、右土地の所有者管又かねが仮換地指定を受けた土地上には訴外戸叶秀雄が建物を所有し土地を占有しており、更に右戸叶が仮換地指定を受けた土地にも建物が存在しており、被告磯貝は仮換地上に本件建物を移転することが容易な状況にはないことが認められる。

以上の各事実に照らして考えるに、被告らは被告磯貝に対する仮換地指定の効力が発生した昭和三六年二月二〇日から本件土地を使用収益する権利を失い、その上訴外組合から同年六月一三日までに地上建物の移転除却を命ぜられているにもかかわらず、仮換地として指定された土地上には訴外安西富江の建物が存在し、訴外組合による事業の進行が停滞しているため現在に至るも仮換地上に本件建物を移転する時期の見通しがつかない極めて不安定な立場にある。そして本訴請求が認容されれば、住居及び工場として利用している本件建物を収去することとなるため生活上及び営業上大きな支障を来たすことが窺われる。しかも右のような立場に立たざるを得ない破目におちいったのは本件土地附近の区画整理事業が円滑に進展しないことに主たる原因があることを考えれば、その立場は同情に値するところである。しかしながら、他面、原告らとしても仮換地指定の効力が発生した昭和三六年二月二〇日以後は所有していた田端町六三七番の一土地について使用収益権を失い、しかも仮換地である本件土地に移転しえないまま放置されている点においては被告らとその立場は同じである。被告らは原告らは従前の宅地を訴外人らに賃貸して自ら使用していなかったから本件土地を使用する必要がないというが、原告らが従前の宅地を他に賃貸していたからといって直ちに仮換地の使用を求めることができないとはいえない。

確かに仮換地の指定を受けた者が従前の土地を使用収益しながら、仮換地をも使用しようとすることには問題がないわけではない。

原告らが仮換地を使用せんとするのは、反対に解すべき特段の事情のない限り、従前の土地の使用を止めるためにその土地上の建物を仮換地上に移転する目的と認めるのが通常であって、本件に現われた全証拠によっても、原告らが右以外の特別の意図をもって仮換地の使用を求めているものとは認められない。

そして区画整理事業上は、建物の移転が可能な限りは、建物を仮換地に移動させて換地を行うことは望しいことであるから、原告らが従前の土地上の建物を解体撤去して従前の土地の使用を止めた上でなければ常に仮換地の使用を開始できないと論ずることは相当でないと考えられる。

もっとも建物の移転が可能な限りは、建物を仮換地に移動させて換地を行うことが望しいことであることは、被告磯貝のためにも考えられなければならない。

被告磯貝が仮換地指定を受けた土地上には訴外安西富江がアパートを建築して右土地を占有し、被告磯貝が右仮換地へ移転することは必しも容易でないことは前認定のとおりである。

一般に換地の事業が具体的に起動する最初の時点においては、何人かがまず従前の土地から仮換地へ動くことが必要であるのが通常と思われる。

そしてこの何人が最初に移動するかは、整理施行者らにおいて最も移動による影響の少い者から順次移動するように取り計うことができれば、それが最も望しいことではある。

しかし被告らはこのような取計いがなされていること、又は近くこのような取計いが可能となり、順次被告らも移転できるから、原告らにおいても今しばらく待てば、被告らが移転したあとに原告らも移転できるので、原告らが今直ちに権利を行使するのは社会的に不相当であるとする事情については何の主張、立証もするところはない。

しかも被告磯貝は仮換地指定を受けることによって本件土地に対する使用収益権を失い、かつ、訴外組合から昭和三六年六月一三日限り地上建物の移転除去を求める通知を受け、場合によっては訴外組合によって直接建物の移転除去を実行されても止むを得ない状態にあることを知りながら、しかも訴外組合に対しては区画整理の施行上必要な場合は建物を移転除却する旨の誓約書を入れて、本件土地に建物を増築し、また被告ヤマト産業もこのような事情を知りながら右建物に入居したものである。

なお、原告らの本訴請求は被告磯貝所有の建物全部の収去を求めているわけでないことは弁論の全趣旨に徴し明白である。

一方原告らも従前の土地の使用を止めて仮換地へ移転すべき公法上の義務を負っているのであり、原告らの権利行使も窮極的には区画整理事業の目的に適うものといわなければならない。

以上の原告らと被告らとの立場を総合して見ると、原告らの権利行使が社会的に著しく不相当で権利行使と評価できない程度のものとは認められない。

被告らは本訴請求が認容されれば相次いで同種の訴訟が提起され、本件区画整理施行地区附近は社会的に混乱におち入るというが、仮りに訴訟の提起があるとしても二、三に限られるものと思われるから社会的混乱を生ずるとは到底云えない。被告らは更に東京都は訴外組合に対して仮換地について土地区画整理法第九九条第二項に基く使用収益開始日をあらためて通知するように行政指導しており、訴外組合も事業の変更を計画していると主張するが、仮りに右の様な事実があるとしても訴外組合による使用収益開始日の通知があった時点、或いは事業の変更があった時点においてその事実を訴訟上考慮すれば足りると考える。

以上述べたとおり原告らの本訴請求は信義に反し権利の濫用に該るとは認め難い。

九、従って被告らの主張はいずれも理由がないから、被告磯貝は原告らに対し本件建物及びブロック塀を収去してその敷地である本件土地を明渡し、被告ヤマト産業も本件建物から退去して本件土地を明渡すべきものである。

なお、原告らは被告らに対し昭和三九年四月一日から右土地明渡に至るまで一ヶ月金八〇〇円の割合による賃料相当の損害金の支払の請求をしているが、原告らは従前の土地を第三者に賃貸して使用していることは当事者間に争いがなく、原告らが従前の土地を使用することにより第三者に対し損害賠償債務を負担するものと認められる事情については何の主張、立証もないから、原告らが本件土地を使用できないことによって、いくばくの損害を生ずるのか確定しがたいものといわなければならない。

よって、右損害金の支払を求める原告らの本訴請求は理由はないから、これを棄却し、その余の原告らの本訴請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条を適用し、仮執行の宣言については相当でないから、これを付さないこととし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 大塚正夫 裁判官 岡垣学 裁判官宗方武は転任のため署名押印することができない。裁判長裁判官 大塚正夫)

<以下省略>

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